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 地域資源紹介

東京地酒(清酒)

東京地酒(清酒)

■指定されている場所:立川市、府中市、福生市、八王子市、青梅市、東村山市、あきる野市

江戸時代に、江戸で飲まれる酒の多くは、西国の酒の名産地である伏見や伊丹、灘などの上方(かみがた)から運ばれてくる「下り酒(くだりざけ)」でした。一方、関東で作られる酒、つまり、「下らぬ酒」は、味が劣るとされました。これが「くだらない」という言葉の由来だとする説があります。これには諸説ありますが、いずれにしても、関東のお酒が低く評価されていた状況を示していると言えます。とはいえ、江戸でも「隅田川」「宮戸川」「都鳥」といった地酒が作られ、庶民に愛されていました。
江戸時代の川柳に、「ありやなしやと振ってみる隅田川」というものがありますが、これは、在原業平が京から関東に下ってきて隅田川に来たときに詠んだ歌「名にし負はば いざ言問はむ 都鳥わが思ふ人は ありやなしやと」に掛けています。業平は、恋する相手が「ありやなしや(元気でいるのか)」と都鳥(今でいうユリカモメ)に問いたずねていますが、江戸の酔っ払いは、とっくりを振って底に「隅田川」という銘柄のお酒が「ありやなしや」と残っているか確かめています。この川柳には他の銘柄の「都鳥」も暗に掛けられています。
現在、浅草の対岸で、アサヒビール本社ビルのある付近は旧細川家下屋敷でしたが、その井戸からは良質の水が取れたために、その水を使って江戸名酒・隅田川諸白(すみだがわもろはく)が造られたと言われています。
幕府は、下り酒に劣らぬ関東の酒を造ること目標として、1790年、幕府監督のもと、関東の商人や農民によって「御免関東上酒(ごめんかんとうじょうしゅ)」という酒の酒造を試みましたが、結果はあまりよくありませんでした。

東京の地酒の味が飛躍的に向上したのは、明治以降と言われています。現在、東京都内で活動している蔵元には、以下のような会社があります。

地 域 企業名等 代表銘柄
八王子市 有限会社小澤酒造場 桑乃都
青梅市 小澤酒造株式会社 澤乃井
府中市 合名会社野口酒造店 国府鶴
東村山市 豊島屋酒造株式会社 金婚正宗
福生市 石川酒造株式会社 多満自慢
福生市 田村酒造場 嘉泉
あきる野市 野﨑酒造株式会社 喜正
あきる野市 中村酒造 千代鶴

それぞれに、酒造りの歴史があり、味わいに個性があります。それらを飲み比べて、自分の好みがどれかを探るのは楽しみなことです。
これらの酒造会社は、工場の規模や生産量の点では、酒の名産地にある大きな酒造会社にはかなわないかもしれませんが、「小さい蔵でしかできないことを試みたい」と抱負を述べている蔵元さんもおられます。

これらの蔵元が集まって「東京都酒造組合」を結成しています。興味深いことに、東京の蔵元が合同で「東京銘醸俱楽部」として純米吟醸「東京銘醸倶楽部 TOKYO」を、毎年冬の時期に発売しています。このお酒は、各社の杜氏や製造担当者などが何度も話し合いを重ね、米や酵母を選定し酒質を決めて作ったものです。2015年より始められ、2017年は限定1200本が発売され、ただちに完売しました。
これらの蔵元が協力して、さまざまなイベントに参加しており、日本酒のPRを積極的に進めています。

東京地酒(清酒)
仕込み

東京にこれだけ多くの蔵元があり、数々の銘柄のお酒を味わえることは、東京都民であってもあまり知られていません。東京の地酒が、日本全国の酒のコンテストで優秀な成績を残していることを考えれば、味は良いにもかかわらず、まだ認知度が低いことが問題といえます。現在、日本酒の消費量は、日本国内では減少していますが、輸出量は増加しています。日本酒がSAKE としてさらにグローバルに認知され、市場が開拓されていくことが期待されています。

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