このページの本文へ移動

TOKYOイチオシナビ 見つけて活かす東京の地域資源

文字サイズ

地域産業資源紹介


姿の美しさから清流の女王と呼ばれるアユ

東京秋川アユ

■指定されている場所: あきる野市

北海道から朝鮮半島、ベトナム北部まで東アジア一帯に生息するアユは、日本の川を代表する川魚です。石についた苔を食べるという習性から、大陸の大きな河川よりも、そうした環境のある日本の川に適した魚です。漢字表記に「香魚」を当てることがあるのも、苔を食べることで独特の香気を持つことに由来し、一般にはスイカやキュウリの香りなどと表現されています。
日本書紀や古事記にもアユは占いに使用する魚として登場し、また「鮎」は俳句では夏の季語でもあり、松尾芭蕉や正岡子規の句にも登場するなど、日本人にとって大変馴染みの深い魚です。



「東京秋川アユ」の歴史


 
多摩川上流部の秋川

天然遡上のアユは、秋川渓谷に夏の訪れを告げる風物詩の一つです。江戸時代には徳川将軍家への献上品として流域の村に漁労許可が出され、生きたまま江戸まで届けられていました。
1960年代になると戦後の高度成長期における人口の増加とともに、工場排水や家庭排水が河川に流入して水質を悪化させ、きれいな水を好むアユは多摩川では絶滅したといわれました。再び多摩川でアユが確認されたのは1970年代の半ばになってからです。国や東京都が環境改善に取り組んだことで下水道の整備が進んで水質が改善し、2012(平成24)年には1,194万尾(推定)まで回復。その後再び減少傾向にありましたが、秋川漁業協同組合など流域団体による、遡上の妨げになる堰の改善魚道の改良・整備などの努力があり、2018(平成30)年には994万尾(推定)が遡上しました。

「東京秋川アユ」のブランド化


全国の川から3000尾近いアユが集まる「清流めぐり利き鮎会」で、2度の準グランプリを獲得しました。

アユは秋になると川で産卵します。孵化したアユは海に下って成長し、春になると河口付近に集まり群れを作って川を遡上します。多摩川のアユで海から遡上してきたアユを「江戸前アユ」と呼び、もう一度身近な存在にしようという取組が始まっています。
河川の水がきれいになったことで、毎年、多くの江戸前アユが遡上するようになりましたが、上流域まで到達するアユは少ないため、秋川まで遡上してきたアユを「東京秋川アユ」と呼び、希少なアユとしてブランド化に向けた活動も始まりました。
2018(平成30)年3月に、流域のあきる野市、昭島市、日野市の各首長や漁協の代表者などで構成された「江戸前鮎を復活させる地域協議会」が発足。同協議会の方針に沿い、秋川漁業組合とあきる野市は河川環境の改善活動に取り組むとともに、稚魚の放流などを行い「東京秋川アユ」のブランド化に取り組んでいます。
秋川漁業組合では「東京秋川アユ」のブランド化の一環として、2015(平成27)年より全国から天然アユが集まる「清流めぐり利き鮎会」に参加。2016(平成28)年と2019(令和元)年に準グランプリを獲得し、「東京秋川アユ」のおいしさを証明しました。

アユの友釣り


アユ漁解禁日の秋川。江戸前アユを狙って釣り好きが集まります。

「東京秋川アユ」は、6月に解禁されると12月の終了期まで、たくさんの釣りファンを楽しませます。清流の女王といわれるアユは、その優美な姿とは違い縄張り意識の強い魚で、苔を独り占めにするために縄張りに入ってくる他のアユを体当たりで追い払います。この習性を利用したのが「友釣り」です。生きているオトリのアユに針を掛け、体当たりしてきたアユを引っ掛けて釣り上げます。


一覧はこちら

ページ
トップへ
戻る