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地域産業資源紹介


大島牛乳

■指定されている場所:大島町

江戸時代初期、伊豆大島に塩や海水、薪(たきぎ)の運搬用の牛馬が導入されました。そのうちの一部は、三原山山麓に放牧され繁殖し増えていきましたが、必要に応じてその中から使役用に牛馬を捕獲していました。やがて明治時代になって食肉が盛んになると、放牧されていた牛馬は食肉用に捕まえられ島外に売られ、ほぼ絶滅してしまいました。やがて肉牛の生産が活発になりましたが、明治30年代、伊豆諸島にホルスタイン種が導入され、主に酪農へと移行していきました。大正時代はどの家でも乳牛を一頭は飼っていて、「『うんと乳っこを出す牛は、へたな月給取りより稼ぐ』といわれ、大事な収入源となっていた」と「大島町史」には書かれています。昭和元年になると、伊豆大島の飼育乳牛は1,200頭にまで増えました。伊豆大島は全国的に牛乳の産地として有名になり、「ホルスタイン島」と呼ばれるようになりました。
大島が飼育に適していたのは、気候が暖かく、牛の飼料となるあしたばなどの青草が一年中繁茂していたためです。 「大島牛乳」やそこから加工された「大島バター」「大島牛乳煎餅」は、島の特産品として広く知られるようになりました。

ところが、牛乳の消費量の減少や、大手メーカーとの価格競争により牛乳やバターを製造販売していた会社が2007年2月に工場を閉鎖、当時70頭いた牛は売り払われて、「大島牛乳」は店頭から姿を消してしまいます。しかし、2008年春に地元の有志が集まり、「大島牛乳」「大島バター」の復活をめざして立ち上がり新たな会社を設立し、乳牛5頭を買い戻して、まずはじめに牛乳煎餅などを作る会社に牛乳を卸すことから始めました。やがて乳牛も増えて生乳の生産が安定し、小学校の給食への提供の再開、ついで「大島牛乳」の一般販売が始まり、店頭に商品が並ぶまでになりました。

大島牛乳は、大島空港近くに牧場と工場があり、搾乳から牛乳やバターの生産までが同じ場所で行われています。今日、バターなどが大量生産されている大手メーカーでは、牧場と工場とは別の場所にあるため、すべての工程を一箇所で見ることができる大島牛乳は貴重な存在です。また、大手メーカーの牛乳は120〜130℃で2〜3秒殺菌処理をしますが、 大島牛乳では75℃で20分の殺菌(高温保持殺菌法と言います)を行うことで、牛乳本来の風味を残した味わいを楽しむことができます。この殺菌方法のため、大手メーカーの牛乳よりも消費期限が5日間と短くなるため、基本的には島内のみの流通になります。
大島牛乳の工場では、大島牛乳と大島の塩で作った手作り最高級バター「大島バター」も作られています。大手メーカーとは異なり、防腐剤なしのバターのため長期に保存するためには冷凍がおすすめです。大島バターは、牛乳の生産量や消費量と相談しながら作られているため、島内でしか手に入らない貴重な一品です。
元町港・岡田港船客待合所内の食堂では、「大島バター」の豊かなコクを楽しめる「塩バターラーメン」を食べることができます。
また、大島牛乳と大島バターは、都内の老舗レストラン・結婚式場のこだわりの食材として採用されています。


大島牛乳、大島バター、牛乳煎餅、そして大島牛乳を100%使用した大島牛乳アイスは、島内のスーパーや各商店、港などで求めることができます。また、大島牛乳に隣接している農産物直売所『ぶらっとハウス』では、大島牛乳でできたソフトクリームを楽しめます。
このように大島牛乳は、島のさまざまな加工食品にも利用されており、島民の食生活にとって、また島の特産品として欠かせないものとなっています。

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